サポンテ 勉強ノート

サポンテの勉強ノート・読書メモなどを晒します。

半島を出よ (村上龍 幻冬舎)

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

はじめに

村上龍の本は初めてです。一度読んでみたかったというのもあります。そもそもそんなに小説を読む性質ではないので。

この本はを読もうと思ったのは、最近読んだ「本を読む人だけが手にするもの」に紹介されていたからというのが大きいです。その中では、とにかく執筆に当たって参考にした資料が質、量ともにとんでもなく多いということが紹介されていました。

だから細部にいたるまで徹底してリアルな描写があるのだと思って期待していました。というとなんだか期待はずれだったみたいな言い方ですが、そうではなく、期待していなかった部分がとても心を捉えたのです。

大雑把に内容を書くと

北朝鮮の特殊部隊が福岡ドームを武力制圧し、その後に続いて到着した部隊とともに福岡を日本から独立させようと作戦が進められていきます。事を素早く進める北朝鮮の部隊に対して、後手に回って有効な手立てが取れない日本政府。替わりに対抗するのは、カリスマ的なホームレスの元に集まっていた破壊願望とうまく折り合いをつけられなかった少年達。

… といった内容です。

生きている内容

確かに脱北者に聞き取りまでして書かれた北朝鮮兵士の姿はいきいきとしていましたし、残酷な拷問の描写も、残念ながら今も実際に行われていることを基にして書いているのでしょう。

2005 年に書かれた小説で、舞台は 2011 年。つまり「近未来」という想定で描かれています。2005 年と現在とでは社会情勢が異なるため、既にやや現実味がないと感じられるところはあります。Amazon の低評価レビューでリアリティが無いとする意見は、この時代背景のズレがあるのかもしれません。

現在の好戦的な政府から見ると、この本の中の日本政府の対応の不適格さは考えにくい。また北朝鮮が長距離ミサイルを次々に開発・実験している現状では、いきなり地上部隊を投入するというのも考えにくい。12万人もの兵士を無防備に船で送り出すというのもリスクが大きすぎる。など、私が感じるだけでもいろいろあります。時代は変わったなと思います。

心をとらえたもの

私の心を捉えたのは、そうした知らなかった北朝鮮の文化(念のため、もちろんこの本はフィクションですが)や日本の政治の脆弱性ではなく、対抗する少年達の生い立ちでした。

自分の心の中に浮かび上がってくる感情をうまく表現したりコントロールできないだけで、周りの人たちに誤解されたりして居場所が無くなり、健康な人生を送れなくなってしまった少年達。でもたまたま福岡にそれを受け入れてくれる場所があり、なんとなく集まっていた。

本を読む大きな理由の一つに「既に知っているけれど漠然としてはっきりとはしない事柄を、言葉にして詳しく確かなものとして現実化する」というものがあると思うのですが、この少年達の心のありようには確かにそれが表現されていると感じたのです。

感じたこと

4分の1ほど(つまり上巻の半分)読み進んで思ったのは「短い」ということでした。

登場人物の中から特定の人物ひとりを中心に短いストーリーが、まるでオムニバスのように連続したり重なったりしながら進んでいきます。その中には北朝鮮の人物も含まれています。北朝鮮の中の特定の場所や建物、人物の感情の機微も詳細に描かれていて驚かされます。そのためなのか、どのエピソードももっと読みたいと若干のもの足りなさを感じるのです。描かれている事件の内容にしてはあっさりしていると感じました。紙数の関係で、結構削られてしまったのでしょうか。

お気に入りは「山際」さんの章なのですが、その後日談は非常に気になります。

少年たち

私が引きつけられた少年たちは、それぞれが爆薬や毒物やブーメランのスペシャリストだったりしています。それぞれに自分の中に破壊願望を持っています。当然ながらそのような気持ちを持ちながらでは、学校や家庭の中で居場所が持てないでいます。でもこの本に描かれている少年たちだけではなく、世の中には同じような人がもっと居るはずです。自分の中にある「他人と共有できない気持ち」を抱えて生きている人が。

この本はフィクションですが、前述のようにかなり綿密な事前調査を行っています。描かれている少年たちの機微について、フィクションだけであるとは思えない部分が多々ありました。

そうした「少なくない人たち」は概ね「気持ちにフタをして社会と関わって生きていく」か「なるべく社会に関わらないように生きていく」かのどちらかを選ばされます。本の中で少年たちは、そのどちらでもない居場所に落ち着いています。気持ちにフタをすることなく、かといって他人との共有を強いられることもない居場所。なかなかこうした場所は見出すことができないでしょう。しかし必要とする人はやっぱり「少なくない」のです。成熟社会ではこうした人たちは「少なからず」生まれます。

少年たちが福岡のホームレスの元に集まった。描かれているその理由・生い立ちは様々ですが「他人の気持ちを共有するように強いられた」という点で同じではないかと思うのです。それは、人によっては健康を害し、人生を損ねる場合があるのです。それを最近の言葉では同調圧力というのでしょうか。この言葉は 2010 年代に入ってよく聞かれるようになりました。

特にこの傾向はフロイトユングが仲違いした余波に端を発した外向型人間社会が、ずっと勢いを持って広がっていることによるものと考えることもできます。

北朝鮮と日本に共通するもの

北朝鮮に(行ったことはありませんが)こうした同調圧力のようなものが無いかと言えば、そんなことは無さそうというのは、皆様も知るところだと思います。

加えて北朝鮮と日本では官僚主義という共通点もあります。かたや経済を基本とした官僚主義、もう一方は戦争を基本とした官僚主義があり、ともに硬直し、腐敗し、行き場を失っています。

日本にはホームレスが居て、北朝鮮にも貧困があふれている。

こうして見ると共通点が多いというべきか、人の悩みはいつも尽きないと言うことなのでしょうか。私はもう「完璧な世界など無い」というニヒリズムに耽って事足りるほど若くもないですし、この世界になにかを見出したいと思っています。そしてこの本からも、何かを見出したいと思います。

少年たちが見出したもの

タテノという少年は最後に、楽しいというのは何かをしているのではなく、大切に思える人と一緒に居ることだと後輩に言って聞かせます。

特に自分の周りにかもしれませんが「常に何かをしていないと居られない人」や「常に一緒に居る人と気持ちや考え方を共有していないと気が済まない人」が多いように思います。そうでなくても居られる場所が__この本の中に在るように__あればいいのになと思いました。